古農家暮らし

農村感ある地域の古いこの家で生活しながら、思い付くことを綴っていきます。

父の味

クロシル

1900円もするナポリタンをご馳走になったら、

なぜか父の料理のことを思い出した。


夕食が終わった後に帰って来て作り出す父の料理がすごくおいしそうで、まとわりついて食べさせてもらう時間が好きだった。


特に思い出深いのは、豚バラ肉と玉ねぎ、ピーマンの炒め物。調味料などなしで油で炒め、ウスターソースをかけて食べるのだが、これがおいしかった。肉がない時は魚肉ソーセージでもいけた。



父は新しい料理や料理道具を持ち込む人だった。

まずは炊飯器。そしてジンギスカン鍋など、他所で知った物を相談なしに持ち込む。

深夜、和菓子職人が使うような鍋であんこを作っていたこともあって、立派な最中ができた。

ドーナツも忘れられない味だ。


春は山菜秋にはキノコ🍄‍🟫煮物に揚げ物、畑を作るようになってからは、畑になったイチゴ🍓でシャーベットを作り、四季折々の野菜を使った料理。

孫たちが思い出深いのは、おじいちゃんのトンカツらしい。


生活の中で食が占める部分を楽しく大切にしてきたことは、今の生活を豊かにしてくれている。たとえチープな食材でも、食べたいという気持ちを大切にして、ちょっとした工夫で高級な料理に匹敵する自分だけのご馳走になるということを教えてもらったような気がする。


父が残してくれた財産の一つでした。ありがとう。


テレビドラマの憂鬱

クロシル

幼い頃からテレビっ子だった私。

自由な家庭だったので

これまではありとあらゆる番組を

気の向くまま見ることができた。


作品の中で多くも学べたし、

何より心ワクワクする時間を過ごせてきた。

とにかく楽しみだった。


それが老年期に差し掛かった今

私の心に微妙な変化が現れ始め

楽しみが半減している。


まずは恋愛ドラマの展開が読めてしまう憂鬱。


これだけ歳を重ねると

様々な蓄積があり

恋愛のパターンとか

展開が予想できてしまって楽しめない。

なので、

最近は刑事物とか法廷物とか

専門知識が必要で

結果の見えない作品を好んでいる。


そしてリアルタイムに観られない憂鬱。


子育て中からそうだったので

これは今に始まったことではないが

楽しみにしている続きを

放送と同時に見られない。

家事をしていたり

猫の世話をしていたり

じっと座ってじっくり見られる環境に

なかなか整わない。

トイレにも我慢しないで行きたいし。

見逃し配信が充実しているので

見られないことはないのだが

これもウキウキ感が違う。


ドキドキしながら続きを待っていた

純粋な気持ちの頃に戻りたいのかも知れない。




なんにせよ平和な悩みである。

愛別離苦

クロシル

ここ最近知人の訃報が続いて、

メモしておいた

『愛別離苦』

という言葉が思い浮かんだ。


祖父が亡くなった時、


大人になるって

人と別れていくことなんだな


なんて考えたことも思い出した。

ちょうど大人になりかけでの身近な人の

それも長い闘病で治ると疑わなかったから

余計に強く思った。


朝目覚めるとそっと横にいる愛猫も

20歳に手が届きそうだ。

知らない間に腕枕で眠っている愛らしさ。


遠くない未来に

その苦しみを乗り越える日が来る。

悲しみに耐える自信のない私は

ペットロス克服の手立てをすでに考えていて

それは現実逃避の旅。

現実生活から逃げ出し

好きな彫刻家の作品を観るために

その方の地元に旅立つこと。




1日でもその日が遅く来ることを願う。